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Swans

少し前に快調家族さん(快鳥家族さんともいう)のブログで瀕死の白鳥のビデオを
拝見しました。それでさっそく真似です。
 快調家族さんは優しいから大丈夫。

これから黒猫の双子の兄弟がママに代わっていくつか動画を載せますが
バレエのものばかりなのでどうぞスルーして下さい。

ママが大好きなMaya Plisetskayaですが、彼女は1925年から2015年。


1976年、彼女が51歳の時の舞台ですが、よく見たら東京でと書かれていました!
こんなに長いのはアンコールがついているからです。



数分で終わるものを15分くらいあるのは、彼女の舞台では拍手が鳴り止まずに
何度も何度もカーテンの向こうからまた現れてレヴェランス(お辞儀)をして
くれます。そしてその後、もう一度同じ瀕死の白鳥を踊ってくれました。
でもよく見ると振り付けを少し変えてあります。

彼女が登場するときに足でパドブレをしつつ両腕を羽のように動かしますが
この動きは普通の人ではなかなかできません。彼女の腕の使い方は特別です。
瀕死の白鳥に限らず、白鳥の湖を踊る前にでも、先生に「ボートをこいで
腕を鍛えなさい。」と言われたのだと言っていましたが、私だったらジョークで
言いますが、彼女が言うのなら多分本当なのでしょう。

サン・サーンスの動物の謝肉祭の中では元々は何で演奏するのだったかしら。
ヴァイオリンとハープ?彼女はヴァイオリンの代わりにチェロのときもあり
すると音色が違うので表現の方法も少し変えると言われていたことがあります。
(関係ないけれど私はほんの少しだけハープを習ったことがありますが
 難しくてまったくだめでした。レッスンのためのお金がなかったこともある
 けれど、ギブアップするのが早すぎて内緒の話なので誰にも言っていません。)
黒猫の双子の兄弟「モンキーのママは内緒と言いつつ言ってしまったので
  聞かなかったことにしてあげてね。」



次は1986年。彼女が61歳のときのもの。



これもステージは東京と書かれています。
彼女はオートバイオグラフィーで「日本が大好きだ。」と何度も書かれていました。

40歳くらいで引退するダンサーが多い中で彼女はとても長く踊り続けてくれました。

1番目の動画と2番目の動画は10年の差がありますが、振り付けに微妙な差が
ありますが、これはその時の感じによって変えるのでまったく衰えたようすなどは
見られません。これはとても素晴らしいことです。


動画の順番がクロノロジカル オーダーとは違いますがもっと以前のもの。
1959年、彼女が34歳のときのもの。



舞台でみる彼女はとても大きいです。それは表現が大きく、存在感が大きいから
大きな人に見えるのではないかしら?実際にお会いするととても小柄な方です。
そしてとてもシャイな方に見えます。
物語になっているようなバレエでは彼女の演技力はすごいです。踊り方だけでは
なくて顔の表情などもかなり変わります。



もっと以前のものですが、ミハエル・フォーキンが1907年に振付けてそれを
踊ったアンナ・パヴロヴァ。(1881-1931)



途中から ヴェラ・カラーリが1914年に踊ったものが入っています。


次は1905年のもの。やはりパヴロヴァ。



これはとても音楽が早いのですがどうしてかしら? 
本当に早く演奏したのか、それとも当時のフィルムで撮影すると音楽も早く
なったということはあるのかしら?(調べていなくてすみません。)


The Dying Swanはとても有名な作品なので他にも大勢のバレリーナたちが
踊っています。
私が快鳥家族さんのところで拝見したビデオはスヴェトラーナ・ザハロワでした。
今日も快調の家族さんが本当のお名前です。)
彼女もプリセツカヤのように客席に背中を見せてパドブレで出てくる振り付けも
踊っていますが、



今日も快調の家族さんのところに出ているビデオでは違う出方をしていて
面白いのでぜひ比べてみてください。

もっと書きたいことがたくさんあります。
黒猫の双子の兄弟「ママはバレエのお話をすると止まらなくなります。ぼくたち
 もうママと一緒に寝たいので、お話の続きはまた今度にしてもらいましょう。」

<世界中の猫さんたちが幸せになれますように>

最後まで読んでくださった方どうもありがとうございます。

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魔法の国、金星に住む猫たちのお話です。

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